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「浜作主人の家ごはん」ぎをん手習帖

森川裕之さんの
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十四之巻

「花見月」

【お造り】 桜鯛 赤貝 車海老 器→河井寛次郎

『清水へ 祇園をよぎる桜月夜

こよい逢ふ人 みなうつくしき』  
与謝野晶子

私が生まれ育ちました祇園町、高台寺、清水界隈が一年を通して一番さんざめく時が4月中頃のお花見時分でございます。老若男女誰しもが何か陽気で浮きたつ気分に浸ることが出来るほんのこの一週間を日本人がいかに心待ちにしているかを詠み得た名歌でございましょう。3月末には北野の天神さん近くにございます上七軒では『北野おどり』が始まり先陣を切ります。我が祇園町では4月のお昨日に『都をどり』が始まります。翌週には鴨東、宮川町の『京おどり』がそれに続き、月を変えて5月1日からは先斗町の『鴨川おどり』が春を締めくくります。この京都というところは東京の十分の一にも満たない人口でございますのに、今まだこれだけの花街が隆盛し都合300人を超える芸妓、舞妓を擁するということは誠に面白い所でございます。祇園ひいては京の夜のランドマークと言えますものが四条花見小路の角に紅殻の塗塀と青竹の犬矢来のコントラストも鮮やかに大店を構えておられるます『一力』さんでございます。今となりましては外国からのお客様でごった返し情緒も風情も薄れ殷賑を極める町となってしまいましたが、まだお茶屋が続く軒先に団子つなぎの赤い提灯が並ぶとそこはまさに別世界、翠帳紅閨、春爛漫の光景がそこにあります。千年栄えた都が明治維新によって東京へ移り、その後は京都人、京都中がかつて味わったことのない喪失感に覆われました。もう一度京都に活況を復活させるために国を挙げて遷都千百年を記念して内国博覧会が開催されました。その余興として京舞の家元である先々代の井上八千代さんが始められたのがそもそもの由来でございます。京都のこのおどりの開幕前にはどの劇場でも先にお茶席へ通され、おまん(都をどりではとらやさん特製の薯蕷饅頭)でおうす(京都では薄茶をおうすと言う)を頂いてから客席につきます。場内暗転の中『都をどりはよいあさー』の艶かしいかけ声と共に一瞬に照明が灯り、桜満開の東山を背景に色とりどりの極彩色の金襴緞子の衣装を身にまとった舞妓、芸妓が登場する一瞬は誠に春の京都の華やかさを象徴するハイライトといえるでしょう。私共、料理屋にとりましてもお陰様で、東京をはじめ遠方よりご来店のお客様は言うに及ばず大勢の宴会やご贔屓様のお花見のお弁当やお茶屋さんへの出前で猫の手も借りたい、忙しい日々が続きます。夕暮れ時にもなりますと祇園さんに二丁と離れぬ本店の二階の窓を開けますと、何か木の焼ける香りが漂っております。『月はおぼろに東山 夜毎夜毎の篝火に。。。』と祇園小唄に歌われた世に名高い祇園円山の夜桜を煌々と照らす篝火がすぐそこに燃え盛っております。先日、チェリーテラスの櫻子さんから立派な圧力鍋をお送りいただきました。フォルム自体が何かのオブジェのようで非常に貫禄がございます。そこでこの鍋を使って春のお献立を考えました。日々試作を続けております。蛸の桜柔らか煮、鮑の柔らか煮等、今まで3、4時間の手間を要した複雑なお料理がこのお鍋を使うとほんの2、30分で出来上がってしまいます。誠に優れもので次は何を作ろうかと言う、料理人する者にとっては一番単純でまた、重大な衝動を覚えさせてくれます。その成果は次回にご披露させて頂きます。ご期待下さい。

酉歳卯月大安吉日

ぎをん八坂鳥居畔 三代目浜作主人 森川裕之

【画】 福田平八郎の桜

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