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「浜作主人の家ごはん」ぎをん手習帖

森川裕之さんの
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十三之巻

「桐一葉」

花瓶は
浜作本店1階カウンター席のお花
河井寛次郎造扁壺

天下統一の偉業を成し遂げ、太閤となり位人臣を極めた豊臣秀吉が没し、その後継ぎとして若君・秀頼と母堂・淀君が遺されました。一方、天下を窺う東の徳川家康は戦略を巡らし、着々と豊臣家包囲網を固めつつあります。その頃、豊臣家の忠臣・片桐且元は、幼き主君・秀頼の行く末を案じ、日々心を痛めております。頃は十月、秋真っ盛りながら大阪城の庭の桐の大木から、葉が一枚地面に落ちます。時刻もちょうど黄昏時、落日の朱に染まったその光景のなか、且元は「一葉落ちて天下の秋を知る」とつぶやきます。「天下の秋」とは、豊臣家の衰亡を、紋所である五三の桐を連想させる桐の大木からの落葉、まさしく万感胸に迫る名場面であります。坪内逍遥博士は、この有り様を『桐一葉』と題した戯曲に遺されております。淀君役は、代々の中村歌右衛門丈の当たり役でございます。古来日本人は、これらの秋の光景にひとしおの思い入れを抱いております。即ち、「蝶よ花よ」の栄耀栄華には限りがあり、必ず衰退するという無常観にこそ心を打たれるということでありましょう。『平家物語』然り、『太閤記』然り、そこにこそ哀愁を同感し、ものの哀れをかみしめます。この季節は我が京都がもっとも京都たらしめる、魅力あふれる季節でございます。桜の華やかさを青春といたしますと、誠に大人びた感傷についぞ浸りたくなるのもこの季節でございましょう。表面的なイメージでは、秋は紅葉、色とりどりの極彩色のイメージでありますが、四神相応からいたしますと、秋の色は白、即ち白秋と申します。ここの当たりがなかなか日本語の奥深いところで、私は定家卿のこの歌を連想いたします。

「見渡せば花も紅葉もなかりけり 浦の苫屋の秋の夕暮れ」

まさに山あり谷あり、様々な人生経験を乗り越えた先にある、無色透明モノトーンの境地を表わした傑作でございましょう。気候としても、町中あるいは郊外を歩いて散策なさるには、暑くもなく寒くもなくの程よい気温でございます。私の自宅は、賀茂川の東岸から徒歩三十秒のところにございます。先日よりまた、早朝の散歩を始めました。ご承知の通り、京の夏は得も言われぬ蒸し暑さで、二三十分も賀茂の河原を歩けば、シャツもズボンも汗びっしょりとなってしまいます。元来の無精者である私は、酷暑を理由に、いつも夏場は散歩をお休みいたしております。北大路橋、北山橋を臨む賀茂河原からの風景は、少し、祇園清水辺りとは空気も色も違います。市中を三方から囲む、陽に照らされた東山・北山・西山は、色で申しますと、実際のところ、紫がかった緑色と見受けられます。その真ん中を貫く賀茂川の水面は、きらきらと輝いております。江戸時代の京随一の学者・頼山陽先生が「山紫水明」と詠われた景色こそこのようなものであると、その命名に膝を打ちたくなります。食べ物も、魚はこれからどんどんと旨味を増し、味が深まります。最も手に入れやすい鯵を、ラウデミオのオリーブオイルでソテーすると、独特の臭みが、芳香へと一変いたします。魔法のようなオイルでございます。栗は裏漉して、餅粉揚げとし、あえて一切の味をつけません。その代り、お味噌を添えます。満月につきものの蟹を卵白でつなぎをつけ、月見蒸しといたしました。これも、秋のお料理の代表でございます。日一日と夜が長く感じるこの時こそ、お料理をすることに一段と思いが加わる素敵な季節でございましょう。

申歳神無月大安吉日

ぎをん八坂鳥居畔 三代目浜作主人 森川裕之

待合の掛物
芹澤蛙介画
風そよぎ色舞ふ、の板絵

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